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前橋地方裁判所桐生支部 昭和36年(ワ)4号 判決

原告 藤田君子こと朴鶴伊

被告 正田ヒデ江

主文

被告は原告に対し別紙目録〈省略〉記載の不動産の所有権移転登記手続をせよ。

被告は桐生市本町二丁目二八一番地の六神宮せんに対する一ケ月金五、〇〇〇円の割合による別紙目録記載の不動産の賃料債権について、昭和三〇年五月一日より右不動産の所有権移転登記手続完了までの分を原告に譲渡し、右債権譲渡を神宮せんに通知せよ。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

(一)  被告の夫訴外正田栄次は桐生市本町二丁目において織物買継商を営んでいたが昭和三〇年春頃不況のため倒産したので財産の整理をした。そのとき栄次は自己の財産を、被告は栄次のために被告所有の別紙目録記載の不動産(以下本件不動産と称す)を栄次の債務の一部弁済として債権者等に提供した。

(二)  本件不動産の提供を受けた債権者等はこれを換価して分配することになつたが、原告は昭和三〇年四月二七日本件不動産を金六〇万円で、原告の夫訴外藤田寅之助は前記栄次の財産を金六〇万円で、併せて金一二〇万円で債権者代表訴外須藤嘉一を被告夫婦の代理人として被告夫婦よりそれぞれ買受けその所有権を取得し、右代金を同訴外人に完済した。

(三)  本件不動産は前記整理時以前より訴外神宮せんに一ケ月金五、〇〇〇円にて賃貸していたが(但し、被告は賃料の支払を受けていない。)、原告に所有権が移転し賃貸人たる地位を承継した翌日である昭和三〇年五月以降の賃料は原告が取得すべきものであるのに、右所有権移転登記手続が完了しないので、神宮せんに対する関係では依然として被告が賃貸人たる地位にあり賃料債権を不当に利得しており原告に右の損害を及ぼしている。

(四)  それで被告に対し本件不動産の所有権移転登記手続を求めると共に、右不当利得の返還方法として右神宮せんに対する賃料債権中昭和三〇年五月分以降登記手続完了までの分の債権を原告に譲渡することを求め、その対抗要件として右債権譲渡を神宮せんに通知することを求める。〈証拠省略〉

第二、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実中(一)項は認める。(二)項中債権者の代表が須藤嘉一であり同人が被告夫婦の代理人であつたことは認めるが、その他の事実は不知。本件不動産の買主は三共商事の訴外井内茂であつたが、同訴外人から被告が昭和三〇年七月三〇日内金七万円を支払つて買戻し残額は本件訴訟解決後支払う約束である。(三)項中被告が訴外神宮せんに本件不動産を一ケ月金五、〇〇〇円で賃貸している事実は認めるが未だ賃料の支払を受けていない、その他の事実は不知である。よつて本訴請求には応じられないと述べた。〈証拠省略〉

理由

被告の夫正田栄次は織物買継商を営んでいたが昭和三〇年春頃倒産し財産を整理したこと、そのとき栄次は自己の財産を、被告は栄次のためにその所有の本件不動産を栄次の負債の一部弁済のため債権者等に提供し、債権者等の代表須藤嘉一が被告夫婦の代理人として右財産の処分負債の弁済に当つたことについては当事者間に争がない。

第一番目に、本件不動産の売買について検討する。

証人須藤嘉一・同川島一郎・同砂田恒夫・同陳昌九・同藤田寅之助の各証言及び証人須藤嘉一の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証、成立に争のない甲第二号証の一、二、同甲第三号証の一、五に原告本人尋問の結果を綜合すると次のことが認められる。

正田栄次及びその妻である被告からその財産(本件不動産を含む)の提供を受けた債権者等は、正田商店債権者委員会の委員長を須藤嘉一、副委員長を砂田恒夫とし、右財産を処分換金して債権の支払に当てることを正田夫妻から委任され、須藤嘉一は被告夫妻からそのために必要な一切の法律行為の代理権を与えられたものであること、その際本件不動産については須藤嘉一から当時不動産の売買を業としていた川島一郎・井内茂に売買方を依頼し、同人等は藤田寅之助とその妻である原告に買受方を交渉した結果、昭和三〇年四月二七日頃須藤・砂田・川島・井内が原告夫妻方に至り話し合つた末、結局原告が本件不動産を、藤田寅之助が栄次の財産をいずれも金六〇万円で買受けることとなり、同日現金合計一〇〇万円を原告夫妻が須藤に支払い、残り五万円を後日に支払つたのみであつたが、須藤において爾余の代金債務を免除したものであること、右現金一〇〇万円の支払と同時に須藤より本件不動産の権利証と被告の印鑑証明書等所有権移転登記手続に必要な書類を原告は受取つたこと、原告方において所有権移転登記手続をしないままに印鑑証明書の有効期間が経過し右手続をとることができなくなつたこと、その後原告が川島を通じて被告にこれが登記手続を求めたところ、被告は滞納税金を支払つてくれればすると答えたので、川島が原告から税額を預り、昭和三五年一月一三日市役所へ代納し、登記手続を、求めたけれども被告は言を左右にして応じなかつたことが認められる。被告は本件不動産は井内茂に売つたがその後買戻したものであると争い、これに沿う証人正田栄次の証言があるけれども、他の証拠に照し遽かに採用しがたいし、乙各号証を以てしても前記認定を覆すに足りない。

扨て、原告は大韓民国人であつて、このことは訴訟記録編綴の桐生市長作成の登録済証明書により明らかであるので、本件は国際私法の適用を受けるものである。

本件不動産の売買については準拠法の指定につき当事者間に何等明示の意思表示がないけれども、日本国内居住の日本人と外国人が日本国所在の不動産について売買契約を締結する場合は反対の意思が明示されない限り日本国民法に拠る默示の意思があるものと解するのを相当とする。そうすると、本件売買契約の方式・成立はいずれも我民法上これを是認できるし、その効力は我民法によることになる。ところで我民法上特定物の売買契約によつてその物の所有権は買主に移転する。次に本件不動産所有権移転の物権行為並びに登記請求権の方式・成立・効力については不動産所在地法たる我民法によるのであるから、前記認定事実によれば原告は昭和三〇年四月二七日本件不動産売買により所有権を取得したのであつて、被告に対し所有権移転登記請求権を有することになるので原告のこの点に関する請求は理由がある。

第二番目に、不当利得による返還請求の点について考察する。

被告が本件不動産を前記財産整理以前から神宮せんに対し一ケ月金五、〇〇〇円で賃貸していること、被告が賃料の支払を未だ受けていないことについては当事者間に争がない。

ところで、不動産の新所有者がそれまでの賃貸借契約を承継するか否かの問題は、不動産所在地国がその国の住宅事情その他不動産問題の解決策として賃借人保護の立場から立法しているのであつて、不動産所在地国法の強制的適用をみるというべきであるから、本件では日本国法律に従うこととなり、原告は神宮せんとの賃貸借関係を承継することになる。

扨て、不動産所有権が売買により新所有者に移転したが未だ移転登記手続が完了していない間の賃料債権は売主買主いずれに属するやの問題の準拠法は場合を分つて論ずるを相当とする。即ち、売主買主間の内部関係においては売買の効力の準拠法の問題と解せられ、賃借人に対する対外的関係においては物権の準拠法の問題と解せられるが、いずれにしても本件では日本国民法によることとなることは前述のとおりである。前記認定によれば原告は昭和三〇年四月二七日本件不動産を被告より買受け、代金の大部分を同日支払い、同時に本件不動産の権利証その他所有権移転登記手続に必要な書類を受取り、残代金の一部を他日支払い、残額は免除されたのであるから、右四月二七日を以て賃料債権は被告から原告に内部的移転したものと解するを相当とする(大審院昭和七年三月三日民集一一巻上、二七四頁参照)。次に賃借人神宮せんに対する関係においては、対抗要件たる所有権移転登記を経ていないのであるから神宮せんにおいて進んで原告の所有権を認めない限り依然として被告が所有者として賃料債権を有しており、原告は神宮せんに対し権利として賃料を請求しえないものと解するの外はない。

それで不当利得の準拠法について考察するが、その成立・効力はその原因たる事実の発生した地の法律即ち本件では日本国民法によるべきところ、以上によれば被告は昭和三〇年五月以降本件登記手続完了まで一ケ月金五、〇〇〇円の賃料債権を法律上の原因なくして原告所有の本件不動産によつて利益を受け、これがため原告に同様の損害を及ぼしているというべきである。

本件のごとき債権の不当利得の場合の返還義務履行の方法については、不当利得によつて生ずる債権の効力(履行方法)の問題と解せられるので我民法によるが、この場合は被告から原告に賃料債権の譲渡をなさしめる方法によるのを相当とする。

右の意味において、これから債権譲渡の準拠法を探究するのであるが、法例に明白な規定がなく学説が対立する難解な問題であつて詳解は避けるが、通説に従つて債権譲渡行為の成立及び効力の問題は譲渡債権自体の準拠法によると解するを相当とする。従つて本件では被告と神宮せん間の賃料債権の準拠法として我民法によることになる。そして債権譲渡の債務者に対する通知の問題についても債権譲渡の実質的問題として右と同様に解する。従つて、本件不当利得返還義務履行方法としては、いずれにしても日本民法によるので、被告から原告に対し賃料債権の譲渡を命じ、且つ、被告をして債務者たる神宮せんに対しその旨の通知を命ずる方法によるのを相当とし、(大審院昭和一五年一二月二〇日民集一九巻二、二一五頁参照)、この点に関する原告の本訴請求も理由がある。

以上原告の請求全部これを認容すべきであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言についてはこれをなさないのを相当とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 松沢博夫)

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